
今年の正月は、年の瀬にどこかで貰ってきた風邪が尾を引いていて、文字どおり寝正月になりそうだ。とにかく咳がひどく、なかなか抜けない。英語では頑固な咳のことを「persistent cough」というけれど、このpersistentの語感はまさにいつまでもしつこく抜けない咳のイメージがしっくりくる。
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元日のきょうは初詣はおろか、積読本の整理もできないままに、もそもそとお雑煮を食べたあと、小川真『きのこの自然誌』(ヤマケイ文庫)を引っぱりだして読みはじめたのだが、これがめっぽう面白かった。
知る人ぞ知る「きのこ博士」が描くきのこの絵は、息を呑むような精緻さには若干欠けるもののとても温かみのあるスケッチで、博士の人となりが感じられてとてもやさしい気持ちになる。きっとたくさんの人から愛された人なのだろうと拝察する。
古今東西のきのこにまつわるエピソードを惜しげもなく紹介してくれるエッセイもとても楽しんで読んだ。花の牧野富太郎や星の野尻抱影に並ぶ、きのこの小川真の面目躍如たる一冊で、きのこは食べる専門であるわたしにとっても、楽しみの多い本だった。
いちばん好きなエピソードはのちのローマ皇帝ネロの母、小アグリッピナが息子を皇帝にすべく、時の皇帝ティべリウス=クラウディウスを毒きのこを使って暗殺しようとしたときの話。鯨飲馬食が美徳だった時代、腹一杯食べて飲んだら無理矢理吐いてまた食べる飲むを繰り返すのがふつうで、皇帝にはわざわざのどに羽根を突っ込んで吐かせるために侍医が控えていたという。
普段がそんなことだから、首尾よく毒きのこを食べさせてもすぐに吐き出してしまって、なかなか死なない。すると、小アグリッピナは侍医を脅してその羽根に毒を塗り、皇帝ののどに突っ込ませたんだとか。執念もここに極まれり、という話だけれど「もう途中からきのこ関係あれへんやん」と言いたくなる逸話でもある。ちなみにそのとき使われたきのこはタマゴテングタケではないかという。そういうささやかな余談が話を面白く、奥深くする。
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一年の計は元旦にあり、一年の読書もその計は元旦にあり。とても幸先の良い年始の一冊だった。2025年はどんな本に出会うだろうか。楽しみだ。
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[第001座]きのこの自然誌
小川真/山と渓谷社(ヤマケイ文庫)/2022.02